ヘラクレイトスという名前を聞く機会は多くないかもしれません。何故ならヘラクレイトスはソクラテスよりも以前の哲学者であるためです。

古代ギリシアの哲学は、万物の根元が何であるかを主に考える事が一般的でした。その中でヘラクレイトスは、万物は変化していくと考えました。しかし、その中で唯一無二の変化しない法則(ロゴス)があると発見しました。

少し内容が難しいですが、詳しく解説していきますので是非ご覧下さい。

ヘラクレイトスとは

ヘラクレイトス(紀元前540年頃~紀元前480年頃?)は、古代ギリシアの哲学者です。「万物は流転する」「同じ川に2度入ることはできない」などのフレーズで有名です。

「アリストテレス(紀元前384年~紀元前322年)以前の哲学者」として分類されることが多く、同様に分類される哲学者にはピタゴラス、タレス、パルメニデス、プロタゴラスなどがいます。

ヘラクレイトスの功績は、例えばタレスが「アルケー(万物の根源)」は「水」と考えたのに対し、ヘラクレイトスは「アルケーは変化する」と考えたことです。

一方、アルケーの変化には「変化しない統一的な法則」である「ロゴス」の存在があるとして、それは「火」であると考えました。「アルケー」を原子、「ロゴス」を物理法則として例えて見ましょう。

タレスなどは「物質は原子でできている」とだけ考えたのに対し、ヘラクレイトスは「物質は原子でできているが、その原子は常に変化が起こっていて固定された状態ではない。

ただし、原子の変化は物理法則に従っている」と考えたのです。実際に、原子の中では電子をはじめとした粒子が運動をしています。この記事ではヘラクレイトスの思想をはじめ、生涯や時代背景について紹介します。

なお、彼の「万物は流転する」をはじめとする表現については、本人が言ったのか、後世に生まれた表現なのか不明な点が多いですが、この記事では全て彼の思想として記述するので予めご了承ください。

ヘラクレイトスの歴史

ヘラクレイトスはエペソス(エフェソス)で生まれました。

エペソスは現在のトルコ西部のセルチュクの近くにあります。現在は都市としては残っておらず、アルテミス神殿などの遺跡のみが残っています。2015年に世界遺産リストに登録されました。

その生涯の詳細は不明ですが、王族あるいは貴族の家系に生まれたとされています。

ヘラクレイトスは、思想が対立するパルメニデスと同時代に生き、後のギリシアを代表する哲学者アリストテレスの発言でも言及され、それを文字に残したプラトンの著書に多く登場します。

ヘラクレイトスが生きた時代背景

ヘラクレイトスが活躍した時代は、古代ギリシアのアルカイック期にあたります。

アルカイック期は古代ギリシアが大きく発展した時期で、ギリシア文字はこの時期に考案されました。ホメロスの『オデュッセイア』『イーリアス』もこの時代のものです。

この時代のポリス(都市国家)は僭主(せんしゅ)政治による独裁が行われていましたが、アテネでは政治家ソロンにより民主主義の基礎が築かれ、後に他のポリスにも広まりました。

その後にアリストテレス、プラトン、ソクラテスといった有名な古代ギリシア哲学者が登場します。

アリストテレス以前の哲学

一般的にはアリストテレスの思想が哲学の起源とされていますが、それ以前にも哲学者は存在しました。ヘラクレイトスもその1人です。

同様の「アリストテレス以前の哲学者」にはピタゴラス、タレス、パルメニデス、プロタゴラスなどがいます。

ただし、これらの人物が考えたことは、現代の哲学というよりは、自然科学に近い分野でした。とりわけ「万物の根源(アルケー)」について考えました。

万物の根源(アルケー)とは何か

アルケーは、単純に言えば「宇宙は何でできているか」です。物質でいう原子のようなものと考えると分かりやすいでしょう。

イオニア人の都市国家ミレトスで、アルケーについて議論されたのが始まりと考えられており、彼らをイオニア学派といいます。

この記事で紹介するヘラクレイトスもイオニア学派に分類され、アルケー(正確にはロゴス、詳しく後述)は「火」であると考えました。

その他の人物のアルケー論

例えば、タレスは「水」であると考えましたが、ピタゴラスは「数」、エンペドクレスは「土・水・火・空気」と考えました。

この時代の思想は複雑で、同じイオニア学派でも、タレスを代表するミレトス学派、エンペドクレスを代表とする多元論がありました。

他にもピタゴラス学派、エレア派、原子論者などがいました。なお、後に紹介するパルメニデスはエレア派に分類されています。

ヘラクレイトスの「万物は流転する」

「万物は流転する」とは「物や世界などの自然界は常に変化している」という考え方です。仏教用語でも、似た意味で「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉があります。

ただし「流転(変化)」の根本には「変化しないロゴス」があるとしています。ヘラクレイトスが考えたロゴスが「火」です。

ロゴスとは「法則・真理」といった意味です。アルケーが単に「宇宙をつくっている物質」であるのに対し、ロゴスは「統一ある法則」といった意味になります。

例えば、「アルケーは原子や電子」「ロゴスは重力や時間」と考えると良いのかもしれません。原子や電子はあらゆる物質を作っている小さな単位ですが、重力や時間の法則の中で動いているため、それらに逆らって運動することはできません。

ヘラクレイトスは「火」という統一ある法則のもとで「万物は流転する」と考えました。これはタレスが単に「物質(宇宙)は水でできている」と考えたこととの大きな違いです。

実際に、地球は太陽という「火」の塊をを中心として回っており、太陽から熱や光といったエネルギーを受け、それによって季節の変化、波や台風の発生といった様々な自然現象が起こり常に変化しています。

こういった意味では、ヘラクレイトスは日常生活における根本的な真実に、かなり迫ったと言えるかもしれません。

「同じ川に2度入ることはできない」

「万物は流転する」と同様に知られている言葉に「同じ川に2度入ることはできない」があります。

川自体は同じ川だとしても、そこにある水は常に流れていき変化しているので、以前と全く同じ状態の川には絶対に入れないという意味です。

この考え方は、日本でも鴨長明が『方丈記』の冒頭で「行く川のながれは絶えずして、しかも本(もと)の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし」と記しています。

「諸行無常」でも触れましたが、立地的にかけ離れ、まだ交流がなかったと思われる時代に、西洋と東洋で似たような思想・表現が生まれるのは興味深い点です。

ヘラクレイトスとパルメニデス

一方で、ヘラクレイトスと同時代に生きたパルメニデス(紀元前500年頃~??)は、全く異なる考え方を示しました。なお「アキレスと亀のパラドクス」で知られるゼノンは、パルメニデスの弟子です。

パルメニデスの考え方は「あるものは永遠にあり、ないものは永遠にない」という、変化しない宇宙観でした。

正確には「唯一にして不動なもの、『ある』というのが万物の名前である」とか「万物は一なるものであり,それ自身がそれ自身のうちに静止していて,それがそのうちにおいて動くところの場所はもたない」などと主張しています。

物理現象としては、パルメニデスの考え方は現代では理解が難しいですが、これは例えば「エネルギー保存の法則」で考えてみましょう。

エネルギーは、運動エネルギー、熱や光になったりしますが、そのエネルギー総量は変化しないとされています。こう考えると「そのエネルギー自体は唯一にして不動」という解釈もできなくはありません。

とはいえ、やはり現代の宇宙観・自然観とは異なるように思えます。

むしろ「唯一にして不動なもの、『ある』というのが万物の名前」「「万物は一なるものであり,それ自身がそれ自身のうちに」といった考え方は、プラトンの「イデア」に近いかもしれません。

ヘラクレイトスが考えたことは、宇宙を形づくっている自然科学の法則であり、パルメニデスが考えたことは、より現代の哲学に近いものだったと言えるでしょう。

こう考えると、ヘラクレイトスとパルメニデスの論争は「どちらが正しい・間違っている」といった単純なことではないように思えます。

ヘラクレイトスの死

ヘラクレイトスの生命観

ヘラクレイトスは水腫(すいしゅ)に罹りながらも、医者の治療を拒んで亡くなったとされています。

ヘラクレイトスは、体調の変化もロゴスである「火」によるものと考えたようです。また「魂」という考え方もヘラクレイトスが初めて唱えたとされています。その上で「万物は流転する」ことにより心身の変化が起こると考えました。

ひょっとすると、医者の治療を拒んだのも、自身の死を流転により起こるものだと考えたためかもしれません。

プラトンによるヘラクレイトス像

ヘラクレイトスの著書はほとんど残っておらず、プラトンの著書などから推察するしかありません。またプラトンの著書の内容の多くはアリストテレスの弁論によることから、アリストテレスの思想を通してみることになります。

アリストテレスが活躍したのは、ヘラクレイトスが活躍した約150年後、その弟子プラトンはより後の時代ですから、ヘラクレイトスは長い間、古代ギリシアにおいて重要な哲学者として認識されていたことが伺えます。

プラトンは、ヘラクレイトス、プロタゴラス、エムペドクレス、エピカルモス、ホメロスを「知者」と位置付けています。ここに、ヘラクレイトスと意見が対立したパルメニデスの名前はありません。

プラトンはヘラクレイトスに共感を覚えていた可能性があります。

「知者」の1人であるプロタゴラスは「いかなるものもそれ自体として独立した1つのものではない」と唱えていることから、ヘラクレイトスの「ロゴスとしての火の法則の下での、アルケーの万物流転」という考え方に近いといえそうです。

また、プラトンの著書では、ヘラクレイトスの思想の背景に、叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』のホメロスを置いて言及している部分がいくつかあるようです。

これについては、有名な詩人ホメロスを出すことでヘラクレイトスを権威付けようとしたという意見や、実際にホメロス、オルフェウスといった古代ギリシアの詩人がヘラクレイトスの思想に影響を与えたという意見があります。